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01/3/4 タブの大樹
「ご意見板」でも書きましたが、この存在を知ったのは本当に最近です。
この木は、半年ほど前にインターネットで発見しました。その時、おお、これは!と思ったのですが、すっかり忘れてしまい、最近「おおこばの会」の皆さんの間で話題となったことで思い出したのです。
で、早速行って来ました。


その見つけたページの「田平さん」という方によると
このタブの木は、樹高25m、幹周8.9mもあり、神奈川県清川村にある幹周9.0mのものに次いで全国2番目の大樹だそうで、そんな大きな木が大浦にあったのかと驚いてしまいます。日本一のタブの木と10cmしか違わないので、ほぼ日本一のタブの木をこの大浦で見られるのかと思いきや、現在は台風の影響などで木が弱っており、幹周6m程度だそうです。
タブ(椨)
クスノキ科の常緑高木。高さ 15m に達する。晩春,黄緑色の小花をつける。樹皮はタンニンを含み黄褐色の染料にもする。タブ。イヌグス。ダマ。ダモ。クスダモ。(新辞林 三省堂)


こんな場所があったなんて・・・
入り口です神秘的なものを感じます。
地面にはこけが生え、まるでも○のけ姫の世界です。
辺りを傷つけないように慎重に中に入ります。



でかい!!!!!!
これがそのタブの木です。
とにかく大きい!この一言しかありません。
一体、どのくらいの樹齢があるのか分かりませんが、言えることは過疎化が進む大浦町で最も長生きだということだけです(笑)。


幹は確かに太く、長年生き続けていることを教えてくれますが、その先の枝の細さを考えると、長い年月の間に色々な事があったことも教えてくれます。おそらく、枝が伸びては台風などで倒れ、また伸び・・・と苦労して生き続けているのだと思います。
その為か、肌は硬く、根はあちこちにどこまでも伸びていました。

よくありがちですが、この木を見ていると自分の存在のちっぽけさを本当に感じます。


しばし時間の流れを忘れ、この木が今まで行き続けてきたことを考えていました。
私が学校で習った歴史のどの時代も生きてきたのでしょう。誰よりもどの木よりも長くこの大浦を見守ってきたのだと・・・。


そして・・・。





上写真の裏側左写真の拡大上の写真の裏側です。
(右写真は左写真の拡大)

この木はやはり病んでいました。
それも相当深く。

月が地球側とその反対側が全く異なる形をしているように、この木も入り口から見た誇り高く、偉大に感じた姿が、まるで嘘のように反対側は無残にもその鎧のように硬い樹皮は剥げ落ち、中が剥き出しで、今にも倒れんばかりです。
長年の風雨に耐えた誇りと言えばそうなのでしょうが、私の想像をはるかに越えていました。

こうしてみるとこの木は、まるで倒れるのを待っているかのようです。
もう、充分長く生きたと・・・。



以上のように、この木は相当弱っています。
早急な手当が必要かもしれません。

しかし私(へたれ)は、こう思うのです。
人間に手当される木は、本当にそれを望んでいるのか?
延命させることは、ただの人間のエゴなのではないのか?
ここまで生きた大樹がそれを望むのか?
私たちはそっと見守る勇気が必要なのではないだろうかと。
(注:上記は「へたれ」の考えであり、「巻木陽一」の考えではありません。)

最後にこの木の更新を真っ先にするつもりでしたが、ゆったりんくさんが先に更新していました。早い!その日に更新したんですね。
また、この木の横にはこの地区の氏神様も祭ってありました。
この木と何かいわれがあるかもしれません。

大浦に長く住んでいて、この木の存在を知らなかった自分が恥ずかしくなりました。
どうか、長生きしてください。



01/3/11 追記

最近また行ってきました。
そして、あることに気づいたのです。
それは、朽ちた幹の脇から新しい芽が出てきていたのです。

ほんの小さな芽ですが、立派です。
この木の規模からしたら本当に小さな芽ですが、
この木が必死に生きようとしているのを垣間見る事が出来る嬉しくなる発見でした。




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かりあつまり・のうえん
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鹿児島県川辺郡大浦町辺り



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