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仏教について 

仏教の言葉

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身体と心

身体は、はかないものであり、骨と筋肉との集合で、唾液や液や大小便に満ち、腐敗していくのに、人びとはそれに執着しています。
出典:「テリーガーター」470

どんなに美しい女性でも、いずれは、その容姿は衰え、はかなく朽ちていく運命にある。若さや美を保とうと懸命に手をつくしてもすくった砂粒が指のあいだから落ちていくように、誰もその運命の流れを止めることはできない。
若いときは、体は自由に動き、肌はぴちぴち、疲れや病気からもすぐに回復してしまうので、自分自身の肉体のはかなさには気づきにくい。この言葉が実感として分かるのは、いつの間にか老いている自分を自覚しはじめたときである。
疲れがいつまでも残る、小さい字が見えづらい、シミが増えた・・。こんな変化に愕然とするとき、自分の身体がはかなく、やがてはこわれ、朽ちていく存在であることをはっきりと悟る。私たちの身体は日々確実に崩壊へと向かっていく。
そして、人は老いとはなんとみじめなことかと、嘆き悲しむ。身体への執着への執着が激しいほど、老いはつらく苦しいものにすぎなくなる。
しかし、一方、心はどうなのだろうか。心もまた、骨と筋肉との集合で、腐敗していくものだろうか?いや、そうではあるまい。心は朽ちるどころか、様々な人生経験を経るにしたがって、いよいよ大きく、豊かになっていく。
心は人生そのものを栄養として、年をとればとるほど、自由になり力に満ちて行くのである。
心は人生そのものを栄養として、年をとればとるほど自由になり、力に満ちていくのである。
それは身体の老いとは反比例する。してみればはかなく朽ちていく身体に執着するよりも、心に目を向け、老いて光り輝く心を養いたいと思わずにはいられない。
【参考文献 仏教のことば 生きる智慧 中村 元師 主婦の友社刊】

★老いて輝く心
念仏者の榎本 栄一氏は老いの心境をつぎのようにうたっている。
「肉体はおとろえるが こころの眼がひらく 人間の晩年というものはおもしろい
今日まで生きて いのちのふかさが 見えてきた」(榎本 栄一「群生海」)


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