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北隅組各寺院から 

性原寺 安満浩二師

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母の死に思うこと

 「・・・なごりをしくおもへども、娑婆の縁尽きて、ちからなくしてをはるときに、かの土へはまゐるべきなり。いそぎまゐりたきこころのなきものを、ことにあわれみたまふなり。これにつけてこそ、いよいよ大悲大願はたのもしく、往生は決定と存じ候へ。」
(歎異抄第9条より)
 母は、若いころ住職であった父よりもある意味ずっとお寺のことを切り盛りしておりましたので、いろんなことに動じないように周りから見られていた部分があります。しかしその実、身体的なこと(病気等)には割り方弱く、いわゆる「気にしい(気にしすぎる)」のタイプでした。特に、約7年前、胆のうの手術を受けて以来、その傾向が強く、足が少しずつ衰えてきたこととも相まって、「もうダメ・・・」「来年はこの世にいない・・・」とか「早くお浄土に行きたい」とか、ネガティブなこと(たぶん心とは裏腹な)をしょっちゅう口にするようになっていました。それにより周りの者がうんざりするような感情を抱き、時に「しっかりしろよ」「生かされていることをありがたく思えんかな」等というと、「病気にならんとわからん・・・」やら「早く死ねたら良いのだけど・・・」と反発するのが常でした。また、ここ数年、自分の部屋から毎夕、痛い足を引きずり本堂に行き、何を思い願っていたかわかりませんが、長時間ご本尊に手を合わせていた姿も思い出されます。ただ、私自身そんな母親の元気な頃からの変遷を見るにつけ信仰とは何か、救いとは何かということを自問せざるを得なかったことも事実です。
 そんな日々を送っている時、定期検査で異常が見つかったのは、新型コロナの脅威が現れだした昨年の2月末のことです。それから入院・転院・手術・退院・介護認定・介護施設への通所・再々入院と新型コロナでいろんな事が規制されている中、目まぐるしく時が過ぎ、晩秋の頃、往生の日を迎えました。
 母につけられた心拍数、血圧、血中酸素濃度のモニターがいずれも一本の線になった時、一緒に看取ってくれた伯父(母の実兄)がその耳元に、最後の言葉をかけました。
 「もう頑張らんでよかでな、みんなが待っているお浄土にゆっくり還ればよかたっど・・・」
 その言葉を聞きながら、私自身、不思議と悲しみの感情はなく、先に往生された懐かしい方々のお顔が浮かぶとともに安堵の思いが頭の中を駆け巡っていました。あんなに死を怖れていた母でしたが、ちゃんと懐かしい人々が待つところに還って行けたじゃないかと・・・。その時に初めて実感しました。実に浄土真宗の一丁目一番地のことですが・・・、依るべきものを持ち、還るべき場所が与えられていること。このことがどれほど見送る側をも支えてくれるものなのか。そして、もう一つ、なぜ南無阿弥陀仏の救いなのかということを。
 5月のゴールデンウィークが明けたころ、治療という形が行き詰まった時、8時間を超える手術を受けました。85歳の体には大変かと思いましたが、手術は可能という医師の判断を受け、本人が希望したものでした。術後療養の為の転院を経て、夏ごろ退院。それから最後の入院になるまでの約2ヶ月間を自宅(お寺)で過ごしました。短い期間でしたがデイケアにも通いました。
 ただ、退院してきた母に大きな変化がありました。もちろん長期入院で、認知機能が若干低下していることは否めませんが、不思議なことに、ネガティブな言葉が出なくなっていました。そしてそれと同時に、仏さまのことも忘れたかの如く「南無阿弥陀仏」の一言も、また、本堂にお参りに行きたいとの言葉も出ませんでした。結局、坊守であった母ですが、お寺にいた最後の2ヶ月余り、一度も本堂に参ることはありませんでした(周りも敢えてお参りせよとは言いませんでした)。
 母の往生に至る長き日々を共に過ごし、自身の味わいとして改めて噛みしめさせてもらったのは冒頭の歎異抄第9条の一文でした。
 煩悩にまみれたわが身をねじ伏せ、清らかなさとりの境涯を慕い求める思いが浄土願生の心であるならば、あるいは、それが後生の一大事を心にかける生き方ならば自分には無理です。母の死は、人は何一つ自分を取繕えない、そしてまた縁によっては取繕っていこうとする意志までも忘れてしまう存在だということを教えてくれました。だからこそ、親鸞聖人が示された、「自分のどうしようもなく情けない心を悲しみつつも、その凡夫をそのままに摂め取りたまう本願の大悲に身をゆだねるのが信心である」とのお言葉が本当に身に沁みます。
 お念仏の教えを頂いたものは、当然生き方が変わらなければなりません。そうでなければ信仰とは言えないからです。いろんなものを見つめなおし、少しでもより良き生き方をしていこうという方向に向かうのが当たり前です。そこにお寺の活動を共にする喜びもあります。ただしかし、私の中には、いかんともしがたい煩悩が内包されていることを忘れてはなりません。少しでも縁に触れれば、自他ともに「・・・らしくない」「・・・だったのに」との苦悩にさいなまれます。またその思いすら忘れはててしまうこともあります。そのことを目の当たりにするとき、いついかなる時もあなたをつかみ取って離さないという南無阿弥陀仏の救いの確かさを、そこにこそ救いに出遇えた畢竟の安心があることを思い知らされます。
 昨年は、コロナ禍の中で母の死を迎えるという忘れられぬ年になりました。不安な日々はまだ続きそうです。だからこそ思います。いかなる時もあなたを決して離さないという南無阿弥陀仏のお呼び声を聞きつつ、目の前にある一つ一つのことを一生懸命にこなしていく生き方。当然といえば当然ですが、その歩みを進めていきたいと。


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寶林山 正福寺

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