Father & Brothers

 

☆その2☆

 

 ・・・ここでも、海鳴りが。

 スコールに体よく追い払われた(?)あと、サイファーが次に訪れたのはセントラ大陸西南部・・・かつて「イデアの家」と呼ばれていた場所である。
 サイファー自身が幼少期を過ごした場所でもある。
 孤児院の持ち主であるイデアは今は引退し、バラムガーデンでシドを助けながら夫婦仲良く暮らしている。
 現在、孤児院を切り盛りし、親を失った子供達の面倒を見ているのはエルオーネ、かつてこの家で「お姉ちゃん」と慕われていた女性である。
 そう。彼女もラグナを知っている。
 それにサイファーとも一応、幼なじみである。
 スコールがダメなら、あとはエルオーネぐらいしか人脈が浮かばなかった、というわけで性懲りもなくラグナのサインを貰おう大作戦を展開中のサイファー・アルマシー(停学中)であった。

(イデアの家か・・・懐かしいぜ)
 ためらいがちにドアをノックする。石造りの玄関はそのままで、家自体は多少改装がなされていた。
 ボロボロになっていた壁やドアは綺麗に塗り直され、扉も鍵つきのものに変わっている。呼び鈴がないのは、この家の雰囲気に合わせたからだろうか。
(エルオーネもなーこないだルナパンに閉じこめちまったし多少気まずいのは確かだよな)
 だが、他にコネもない。
 リノア・・・という線も考えないではなかったが、あの様子ではしじゅうスコールと一緒にいるようだし、もし奴のいないところで会ったりしようもんなら時空の彼方からでも飛んできてエンドオブハートを繰り出しそうな勢いである。
「(俺の)リノアにさわるなーーーーーっっ!!」
 完全に目の据わった状態のスコールを想像し、密かに身震いするサイファーであった。ふっこりゃ武者震いさ、と自分を騙しつつ。
 第一、リノアのそばにはアレがいる。俺の大嫌いな毛深い生き物。
 しかもこの頃妙な芸を覚えたらしくて(あれがペット芸か!?)こないだ戦ったときには、どっかから走り出てきて魔女にトドメをさしやがった。
 もと彼女(?)にのされたうえに、犬をけしかけられる屈辱を思い出してサイファーの拳が怒りに震えた。

「はーい、どなた?」
 中からの返事に、はっと我に返る。

 扉が開き、エプロン姿の清楚な女性が現れた。目が合うなり、うれしそうに破願する。
「サイファー!? まあ、懐かしいわ。元気だった?」
 どきぃぃぃぃ。
 エルオーネの顔を見た瞬間、何故一瞬動悸が上がってしまったのか。落ち着かない気分になり、口の中が渇いてきてしまったのか、サイファーにはわからなかった。
「あ、ああ・・・まあな」
 曖昧に返事を返しつつ、あまりにも屈託ないその態度をいぶかしむ。

 ルナティックパンドラで人質扱いしたことは、もう怒ってないだろうか。
 もっともあの時は、風神雷神にまかせっきりでほとんど会ってはいないのだが。

「あのな、エルオーネ・・・さん。その・・・」
「やあね、あらたまっちゃって。『お姉ちゃん』でいいのよ?」
 くすくす笑いながら、昔みたいに、と付け加える。
(そう・・・だったか?)
 実はあまり憶えていない。
 というより、エルオーネのことが、まるで思い出せないのである。

 イデア・・・「ママ先生」や、他の子供達のこと、ママ先生に時々会いに来ていた「シドおじちゃん」のこと、ゼルを苛めてたことや、スコールと毎日のようにケンカしていたことは、おぼろげながら覚えている。
 誰かが「お姉ちゃん、遊ぼう」と言っている声や、スコールが「おねえちゃんがいなくなっちゃったようー」とベソをかいていたことなんかも思い出せるのだ。ただ・・・、
「どうしたの? お姉ちゃんのこと、忘れちゃった?」
 ・・・エルオーネの記憶だけが、すっぽり抜け落ちている。
 そもそもその「おねえちゃん」という単語が口になじまない。誰かをそんな風に呼んでいたような気が、まったくしないのだ。
「まま先生」はすんなり出てきたのにな、と記憶の底を探りつつ、次に言う言葉を捜していると・・・

「エルおねえちゃーん」
 近くで遊んでいた子供の一人が、泣きべそをかきながら走り寄ってきた。
「あらあら、どうしたの?」
 エルオーネが優しく頭を撫でてやる。
「あのね、トーマスがいじめるのー。マミのおしろ、こわしちゃったのー」
「まあ。ダメでしょ?トム」
 ばつの悪そうな顔をして立っている子供に向きなおり、眉をひそめてみせるエルオーネ。
「弱い者いじめしちゃ駄目よって言ったでしょ。言うこときかない子は、おしおきしちゃうぞ?」
 オシオキシチャウゾ。
 オシオキ・・・。
 
 その言葉がサイファーの中の何かを刺激した。
 海鳴り。灯台。石造りの小さな家、セントラ特有の風邪の音。
 ここには、記憶を呼び覚ますものが多すぎる・・・。

   また、スコールのこといじめたでしょ。わるい子ね、サイファー。

 ・・・そう、あれは15年前。


 優しくてしっかり者で、子供たちみんなに慕われていたエルオーネ。ただし、、いたずらをする子や、まま先生のいいつけを守らない子、とくに、弟同然のスコールを傷つける者には容赦なきまでに厳しかった。
(ああ、そうだ・・・俺は、スコールとは仲が悪くて・・・)
 小さい頃からクソ生意気で、からかうとすぐつっかかってきたスコール。
 そのくせ何かあると、すぐ泣いて「おねえちゃん」の所に走っていくのが子供時代のスコールだった。
「大丈夫、おねえちゃんが守ってあげる。血がつながってなくったって、スコールは私の大事な弟なんだからね」(ふ、深○恭子?) 
 スコールが泣きつくたびに、そう言っていたのを柱の陰で聞いた記憶がある。
 そうだ。思い出してきたぞ・・・。

    わるい子ね、サイファー。そういうことする子には、おしおきなんだから。


 軽いめまいを感じながら、サイファーは子供達の前にかがみ込んでいる「お姉ちゃん」を見た。あいかわらず清楚で優しげな微笑みを浮かべている。
 さっきの子供の肩に手をかけながら、エルオーネはやや強い口調で言った。
「ほら『ごめんなさい』ってマミに言いなさい。そうしないとお姉さん怒るよ?」

 その瞬間、けしてガーディアンフォースのせいばかりでなく記憶の底に封印してあった幼児体験の数々が、脳裏にどっとあふれ出した。

 スコールをケンカで泣かした翌朝、ケダチクの幼生が靴下の中にびっちり入っていたこと。
 他の子のおやつを(今思うとスコールかエルのだったに違いない)勝手に食べてしまったとき、大量のガムを髪につけられたこと。洗っても落ちないため切るしかなく、それからしばらく、病気のひよこみたいな頭ですごした。まだある。
 エルオーネの大事にしていた指輪を隠したときには、ヒルのいっぱい住む泥沼につき落とされ「もうしません」と10回言うまでひっぱり上げて貰えなかった。
 そうだあれはいつだったか。何をやって怒らせたのかは忘れたが、朝起きると枕元に、車につぶされたカエルの死骸が。何匹も。それからピザの中に食べると笑いの止まらなくなるフンゴオンゴのスライスが。それからそれから・・・

「どしたの?サイファー」
 顔色の悪くなったサイファーを気づかうように、エルオーネが近づいてくる。
「あ・・・いや・・・その、」
「もう、何か言いたいことがあるならはっきり言いなさいよ?」
 笑いながら、こら、と言うように人差し指で額をつつく。傍目には、優しい姉が図体ばかりは大きい弟をたしなめているように見えたかもしれない。
「言うこときかない子には・・・」
「・・・!」
 反射的にサイファーは後ろに身を引いていた。
 本能に刷り込まれた恐怖が、全身から大量の汗を吹き出させる。
「なんてね♪ もう、ちっちゃい頃みたいにはいかないわね、ふふ」
 こーんなに大きくなっちゃってえ、と言うエルオーネの言葉を聞きながら、サイファーはなんとか心の安定を取り戻そうと必死だった。
(そうだ、ガキのころとは違うんだ。もう体格だって逆転してるし力もなにもかも、俺の方が断然強い。・・・ええい俺は何を怖がってんだ?相手は戦闘経験もない素人の女だぞ?)
 やや動悸がおさまりかけたころ、聞き覚えのある爆音が響いてきた。
 見上げれば、青空の向こうから次第に近づいてくる赤い機体。汎用高速飛行艇、ラグナロクである。

 やがて飛行艇は近くの荒野に降り立ち、中から出てきた人影が、元気良くこちらに走ってくるのが見えた。
 あれは、あのチョコボ頭は・・・
「あーっ、見ろよ、やっぱ来てるぜサイファーの奴」
 ちっ。・・・チキン野郎か。
 バトルの時、デュエルでぼこぼこにされたことは都合良く忘れ去り、サイファーはいつもの小バカにした目で、近づいてくるゼルを見た。
 それがカチンときたらしく、ゼルが格闘の構えをとってにらみ返してくる。
「さいふぁー、ひっさしぶりー。スコールのとこ、行ったんだって?」
 ふたりの間に走った緊張におかまいなく、脳天気な声の持ち主がラグナロクから降りてきた。セルフィである。
「おいっサイファー、なにやってんだ。またお姉ちゃんのことかっさらうつもりじゃねえだろうな!?」
「るせえな。そんなんじゃねえ」
「エルお姉ちゃん、騙されちゃダメだぜ。ぜってーまた何かたくらんでるに決まってるんだからな」
「ありがと、心配してくれるのね、ゼル」
 にらみ合う二人の真ん中で、これまた緊張感のない笑顔をエルオーネは振りまいている。
「でも、大丈夫よ。オダイン博士のおかげで、このごろ力の制御がすっごくよく出来るようになったの」
 もう、みんなの足でまといになるようなことはないから、安心して、と続けるエルオーネに、そんな、足手まといだなんて思ってないよでもエルお姉ちゃんになんかあったら俺たちいつでも駆けつけるからな、などと調子のいいことを言いつつ、ゼルもやや安心したような笑顔になった。
「そっか、じゃあ、お姉ちゃんに悪さするやつは痛い目みるってことだな!?」
「時間の彼方に、ぽーんととばしちゃったりとか?」
 とセルフィも調子を合わせる。
「だよなー、エルお姉ちゃん、怒るとコワイからなあー」
「もう、ゼルったら」
「アハハハハ」
「お前ら、何しに来たんだよ」
 ほのぼのと兄弟のごとく語り合う3人に苛つきながら、サイファーは低い声で言った。
「んだよそのセリフ。お前の方こそ何しに来たわけ?」
 ゼルはまだ、サイファーのことを信用してないらしい。もっとも、短期間でこれだけ屈託がなくなってしまうセルフィ達の方が変といえば変かもしれない。
「今度は何するつもりだよてめえ。まだ懲りねえのかよ!?言っとくがなあ、だいたいあれだけのことしといて、」
「ゴチャゴチャうるせえ! 邪魔なんだよ、チキン野郎。さっさと帰れ」
「んだとお!!」
「ゼルー、言い過ぎだよ〜」
 脳天気に見えて実は苦労人(?)らしいセルフィが、まあまあ、二人とも興奮せんと、となだめにかかった。
「サイファーだって、そんなに悪気があったわけじゃないよね? こないだのは、アルティミシアに操られてしたことだしー。ほら、あの」
 相変わらずのんびりした口調で、セルフィが続ける。嫌な予感がした。
「スコールの顔のキズだって、わざとしたわけじゃないんだしー」
 あっ、バカ。何てこと言うんだこの脳天極楽娘は!
「そうなの?」
 小首を傾げてエルオーネが問う。サイファーは背骨のあたりを冷や汗が一筋、ゆっくりとおりてゆくのを感じていた。
「あ〜、聞いてなかった? スコールとサイファー、訓練中にエキサイトして〜お互い、向こうキズつけちゃったんだって。ほらここ。なんでも、最初に卑怯な手つかって怪我させたのはサイファーらしいけどー、スコールだってそのあとやりかえしたんだから、お互い様だよね〜」
「・・・そう・・・・・。」
 エルオーネの声音の微妙な変化に気づく様子もなく、セルフィは脳天気に続ける。
「あと、刑務所でスコールのことゴーモンしたのも、もう時効だよねー」
 ・・・・・・・・。

「サイファー、むこうでお姉ちゃんとお話ししようか?」
 優しげな微笑みとともに、肩におかれた手。
 目は笑っていなかった。

                                                  (つづく)

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 ふう。スコールファンに続いてエルオーネファンを敵に回しちゃった予感♪
 あ、いや、コレ別人です。あくまでギャク・・・(^^;)
 だって「お姉ちゃん」っていうとどうしても、某オウガのカチュア姉さんを連想しちゃうもんで・・・というより、サイファーがヴァイスを連想させるのか?ほんとは、エルはスコールに執着したりしてないけどね。

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