Father&Brothers

 

☆その3☆


 サイファーの自我は崩壊しかけていた。

   ・・・怖い。怖いよ、まませんせい!

 エルオーネの能力はたしかに進化したらしい。サイファーが繰り返し送り込まれたのは、ラグナ達によって退治されるモンスターの断末魔の中だった。

 ここはウィンヒルだろうか。ラグナの発射するマシンガンによって蜂の巣にされ、体中から体液を吹き出しながら絶命するケダチク。キロスのブラッドペインでなますのように切り刻まれる瞬間のパイトバグ。しかも目と耳だけでなく、五感がすべて接続された状態で、何度も何度も送り込まれる。

 想像を絶する苦痛とともに目覚め、目を開くとそこにはエルオーネの笑顔がある・・・そして許しを乞うまもなく、再び悪夢の中へ・・・絶叫とともに目覚めればまた目の前で微笑むエルオーネの顔が・・・

   ごめんなさいおねえちゃんゆるして、もうしません。

 ああ、いっそこのまま幼児退行してしまえれば、どんなにか・・・。
 もうあと1秒で正気を手放そうかという所で、かろうじて現世に戻された。
「うん、じゃあ、このへんで許してあげるね」
と言うセリフとともに、優しくサイファーの頭を撫でるエルオーネ。
「でも、今度スコールにわるさしたら、お姉さん、本気になっちゃうぞ?」
 つん、と指先で額をつついて「エルお姉ちゃん」は言った。
 本気・・・本気っていったいどんなんだ・・・
 うすれゆく意識の中で、サイファーはもう二度とこの家には近づくまい、と心に誓っていた。

  〜暗転〜


 彼が次に目を覚ましたとき、そこは見覚えのない医務室のような部屋だった。
「ああ、気がついたな。大丈夫かね? 自分の名前を言ってごらん」
「・・・サイファー・アルマシー」
「大丈夫みたいだね。ぼくはピエット。ここの医師だ。気分はどうかね?」
 頭が痛む、とサイファーは眉間を押さえながら唸った。
「そのキズは古いものだから治らないね」
「ここは・・・どこだ?」
「エスタ。エスタの大統領官邸だ。うちの大統領が知り合いの家を訪ねたとき、ちょうどキミが倒れていたので運んできたんだ」
 医師はサイファーの顔色が戻ったのを確認すると、部屋の隅にある電話で、どこかに連絡をとりはじめる。
 そうか、俺はイデアの家で・・・と恐怖がよみがえりかけたとき、医師の言った一連の言葉がようやく頭にしみこんできた。
「大統領官邸?エスタ?」
「そうだよ」
 てえことは!
(うわっやったぜ信じられねえ、俺のラッキー!! まてよ、ぶっ倒れたとこ見せちまったのか!? はっ、恥ずかしいー!)
「ようー、目ぇさましたって!?」
 やけに陽気な声がして、医務室のドアが開き、数人の補佐官に付き添われた人物が入ってきた。
 てきとーな白いシャツに、荒いざらしたジーンズ、足元には健康サンダルと、およそ重要人物らしからぬ格好をして。エスタ大統領、ラグナ・レウァールその人である。
 まだ混乱の残る頭を振ってサイファーが立ち上がると、その人は補佐官が何事か咎めるのもきかずスタスタと歩み寄ってきた。
「やあ、やあ! 君がサイファー君かあ! はじめまして。息子から話は聞いてるよ」
 親しげな笑みを満面に浮かべ、大統領が手を伸ばす。
 その手が握手を求めていると知って、サイファーは緊張した。
(スコールの奴、俺のこと何て話してるんだ?)
 そんなサイファーの危惧にはおかまいなく、ラグナは彼の手をとると両手でぶんぶん振った。
「いや〜っ、照れるなあ、息子の友達に会うってのもよ。俺がラグナだ。これからもスコールのこと、よろしく頼むな!」
「あ、は、はい!(友達・・・?)」
 感激のあまり直立不動になってしまっているサイファーであった。ちょっと妙な言葉を聞いたような気もするが。
 そう。サイファーは感激していた。
 多少老けてはいるが、確かにあの映画の騎士だ。
(ほっ本物だぜ・・・!)
 はじめて間近で見る憧れの英雄に、サインをねだることも忘れてぼーっと見惚れる。
 ガンブレード一つひっさげて、果敢に悪に立ち向かう魔女の騎士。スクリーンに向かって「ぜったいあんな風になってやる」と誓ったあの日。自分はあの時の誓いを守っただろうか?
 急に恥ずかしさがこみ上げてきて、サイファーはその場に突っ伏したい衝動に駆られた。
「俺・・俺は・・・!」
 魔女にいいように騙されて、突っ走ったあげく仲間にも見捨てられかけ、最後はスコールに負けてリタイヤ。カッコ悪いにもほどがある。
 ラグナにも迷惑をかけたに違いない、そう思うととてもラグナの目を見返すことなど出来いような気がした。
 エスタ大統領の、底が抜けて地球の裏側までつきぬけているような度量の広さ(単に何も考えてないだけ?)を、サイファーは知らなかった。
 傍らの補佐官が、きょとんとしている大統領に何事かをささやく。サイファーが何を気にしているのか、それまで全くわかっていなかったらしい。なるほど、と頷いてから、再び気さくな笑顔で頭をかきながらラグナは悩める若者に言った。
「ん〜、まあ、いいじゃんか、過ぎたことはよ。それよか、大事なのはこれから、だろ?」
(さすがは『魔女の騎士』だ。ケツの穴の小さいスコールなんかとは大違いだぜ!でもってやっぱ似てねえ!)
 サイファーはますますもって感激にひたり、涙をこらえるように天を仰いだ。なお、握手した手を握ったままであることに気づいていない。
「でよ、でよ」
 その手をぐいと引きよせ、内緒話でもするような姿勢になってラグナは話しかけてきた。
「スコール、オレのこと何て話してた?ここだけの話・・・それとな、いつもあんな風に無愛想なんか? ちょーっと心配なんだよな〜正直言って、あれじゃ友達少ないんじゃないかって、なあ、スコールとは幼なじみなんだろ? 他の友達もみんな同じ孤児院出身だろーだから仲良くなるのは当然としてだ、それ以外に親しくなったやつっているんかね? どうだろ、何か知ってないかな〜、同じガーデンの仲間にどういうふうに言われてたのかとか、まさかとは思うけどイジメられてたとか、そ〜ゆうことは」
「・・・大統領。彼が困ってます」
 呆然とラグナの饒舌を聞いていたサイファーを見やりつつ、補佐官の一人が声をかける。そうでもしなければ、永遠にしゃべり続けそうな気がしたのである。
「ああ、わりぃわりぃ。いっぺんに訊かれても答えらんないよなー、いつも言われてんのに、ついつい忘れちまうんだよ。勘弁な?」
 映画の中の人物と、それを演じた俳優が同一人物じゃないってことぐらい、わかってるさ。
 もう子供じゃないんだし。
 そう思いつつも、自分の中で何かが音を立てて崩れていくような感覚を味わっていると、さっきから黙ったままのサイファーを心配したのか、ラグナが再び話しかけてきた。
「あー、スコールとは、一つ違いだったよな、確か? やっぱり、赤ん坊の時からイデアの家に?」
 サイファーが頷き、スコールとの歳は半年違いだと言うと、ラグナはふうんと返しながら、何事か考えこみ始めた。サイファーの顔をしげしげと眺めたかと思うと、うーん、と眉根をよせて腕を組む。
「そうか・・・」
 ふとラグナが真顔になったのを見て、サイファーはなんとなく嫌な予感がした。
「やっぱこれは、話しとかなきゃな」
 そう言うと、腕組みしたまま、脚をこころもち踏ん張った姿勢で、エスタ大統領は語り始めた。

「あれはそう、19年ほど前だ。ホテルのパブで歌ってたジュリアって歌手と、戦場で疲れた心をいやしに来ていたオレは親しくなった。いわゆる、男と女としてってわけだな。・・・ここんとこ、スコールには秘密だぞ?」
 何故ラグナが急にそんな話をし始めたのか、理解できないまま勢いに押されて頷く。
「で、オレはすぐ戦地に行って知らなかったんだが、そのあとジュリアは、ひとりで男の子を産んだらしい。誰の子かは・・・言わなくてもわかるよな?」
「ああ、まあ・・・」
「ところが!『アイズ・オン・ミー』がヒットし始めたジュリアのスキャンダルを恐れて、所属事務所が無理矢理にジュリアからその子を奪ってしまった!!」
 ガーーン。テレビドラマならここで、衝撃を表す効果音が入りそうな場面であった。サイファーも思わず引き込まれて唾を飲む。
「で、傷心のジュリアは、ガルバディア軍のカーウェイ少佐(当時)になぐさめられてるうち、恋心が芽生えて結婚した・・・と。いやあ、オレも、最近になって知ったことなんだけどな」
 ふう、とそこで息をつき、まさかそのあとできた娘と、オレの息子がつきあうことになるとはなあ、運命ってのは不思議だぜ、と感慨に浸ってみせたあと、「で・・・」と話を続ける。もはやラグナの独演会を化していた。
「なにも知らないまま母親からひきはなされた赤んぼは、同じような境遇にある子供達が集まるところ・・・孤児院へと預けられた。そこは、当時『イデアの家』と呼ばれていた所・・・」
「・・・それがスコールってわけなんだろ?」
「いや、スコールはレインの子だ。これは、スコールが生まれる半年程前の話だ」
「・・・・・・」
 まさか。
 サイファーは口を開け、大きく息を吸い込んだ。
「ひょっとしたらとは、思ってたんだけどな・・・」
 再び近づいてきて、サイファーの頬に手を当て、しげしげと眺めるラグナ。
「ジュリア、綺麗だったからなあ・・・うんうん、面影があるな」
(お・・・俺が!?)
 息を吸い込んだまま、開きっぱなしの口を閉じることができなくなってサイファーは呆然とラグナを見つめていた。
 と、ラグナはいきなりがばっと腕で顔を覆い、うつむいて肩をふるわせはじめた。
「ああー、息子達よ!迎えに行けなかったお父さんを許しておくれ」
(なんてこった・・・・!)
 何の心の準備もなく、いきなり突きつけられた出生の秘密。これまで考えてみたこともなかったが。
(落ち着け、俺。スコールの色ボケ野郎と兄弟ってのはこのさい置いとくとしてだ、あの『魔女の騎士』が父親だってのはスゲエじゃねえか)
 そう思うことで慰めを見いだしかけたサイファーだったが、そこで新たなる真実に思い当たってしまった。
(まてよ、となると俺とリノアは・・・き、兄妹!? す、すると去年のアレは・・・!)
 再び、滝のような汗が額と背中から流れ落ちる。
「なんちてな。冗談冗談。わははは」
 固まってしまっているサイファーに気づく様子もなく、ラグナは天井を仰いでからからと笑った。
「やっぱちーっと無理あるよなあ、ジュリアも金髪じゃなかったし。真に受けるやつなんかいやしないかー、ハハハハハハ」
「・・・・・・」
 せーっかくエイプリルフール用にいいネタ思いついたと思ったんだけどなあ、と呑気な声で頭をかくラグナには、もはや少年の憧れた「魔女の騎士」の面影はみじんもない。
(前言撤回だ・・・)
 がっくりとうなだれたまま、拳をふるわせながらサイファーは心の中で叫んだ。
(こいつら、似ていやがるぜ、嫌んなるほどな!!)


 かくして、少年の夢をコナゴナに砕かれたサイファーが、再びバラムもしくはティンバーあたりでブイブイいわし始めたのかは・・・・定かでは、ない。

                                                            (をわり)

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  ラグナファンの人に読ませるの禁止。これで終わりだからカンベンして。
  医務室でお目覚めのシーンは、ゲーム開始時のスコールとだぶらせたつもり・・・って、言わなきゃよくわかんないかもしれないあたりがすでにヘボヘボ。(-。-;)

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