雨音



 雨音に目を覚ました。
 ここ数年は空梅雨が多かったが、今年は雨が多い。こんなに降られると、雨で体が溶けてしまいそうだ。
 ベッドから降りて、窓に張り付くように外を見た。ずっと見ていると、窓を叩きつける雨が部屋の中にまでしみてくるような錯覚を覚える。
「この雨の中を走ったら風邪を引くぞ」
 背中からの声に少しだけ目をやり、すぐに闇に視線を戻す。
「走ったりするもんか。そこまで考えなしじゃねえ」
「どうだか」
 彼はあくびをしながらの声で言った。トンと音がして、彼もベッドから降りたことを知らせる。
「しかしよく降るよなあ」
 感心したように呟きながら、すぐ隣に立った。勉強机の間のほんの少しの空間は、二人ですっかり埋まってしまった。
「暑苦しい」
「じゃあ、濡れてくればいい。きっと涼しいぞ」
 さっきと矛盾したことを言うが、別に文句を言う気もしない。いつもの彼だ。
「どうだかな。シャツがべっとりと肌に張り付いて鬱陶しそうだ」
「確かにな。予報じゃあ、明後日には晴れるっていうから、それまで我慢しろってことだな」
 湿度のせいで、気温が高くないわりにムシムシして暑い。だが、彼は涼しい顔で笑っている。いつもの彼過ぎて、かえって気持ちが揺らぐ。
「いっそ洪水になっちまえばいい」
 突然の不謹慎な言葉に、彼は驚いたように目を見開いた。が、すぐに面白そうな顔をした。
「大好きなサッカーが出来なくなってもいいのか」
「洪水なら諦めもつく」
「……そうかもな」
 うっすらと笑って、彼は窓の外高くを見上げた。
 ガラス窓を叩く雨粒がまるで彼の涙のようだと思う自分は、ロマンチストすぎるのだろうか。
 しかし隣から漂ってくるきつい湿布の匂いが現実を常に突きつける。
「寝るぞ」
 彼の右肩を叩いてベッドに戻る。彼の負担を減らすために、ここ最近はベッドの上下を入れ替えていた。無意識に下の方に入りそうになり、思い出して梯子を上る。
「日向、悪い」
 突然呟かれた言葉は聞こえないふりをして、タオルケットをかぶった。
「おやすみ。おまえも早く寝ろよ」
「うん……おやすみ」
 そのまましばらく彼は窓辺に立っていた。雨を見ている彼の背中は、フィールドの彼とはあまりにもかけ離れた頼りなさを見せる。
 やがて彼もベッドに入った。寝返りで軋む音を聞きながら、ようやく目を閉じた。
 だが、眠りはなかなか訪れない。下からも寝息は聞こえてこない。
 彼も同じ音を聞いているのだろうか。
 部屋の中にしみこんだ雨のせいなのか、頬を水滴が流れた。


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