Perfect Woman



 廊下に出ると、生徒達が残らず武器を持って非常時集合場所の校庭へと走っていた。
 最初の衝撃がきてから2分足らず。なかなか優秀よ、あなたたち。そう言いたくなるのを覚えて苦笑する。
「あ、先生! トゥリープ先生!」
 私はもう「先生」じゃない。
「何がはじまったの」
「ガルバディアです。サイファー率いるガルバディアガーデンが待ち伏せしてたんですよ! みんな校庭へ集合してます。シュウさんに、先生を捜すように言われてて・・・」
「わかったわ。あなたは先に行ってて」
 あわただしい足音がそこらじゅうを駆けまわる中、私は目の端にとらえた人影を追って階段を上った。
 鮮やかな水色の服。
 寮の入り口で呆然と突っ立って、通り過ぎる生徒達を見ている。
「リノア!何してるの」
 私は彼女に駆け寄ると声をかけた。咎めるような口調になるのを止められない。
「キスティス!? よかった・・・」
「こっちへ」
 ガルバディアが攻めて来たってほんとなの?サイファーが来てるって・・・そんなふうに矢継ぎ早に尋ねるリノアの質問には答えず、腕を引っ張って寮の一室に入る。
「ここでじっとしてて」
 何か言いたげにリノアの口が開くのを見て、私は彼女の肩を、少しだけ力を入れてつかんだ。
「いい?みんな戦闘の前で気が立ってるの。あなたみたいな・・・民間人がウロウロしてたら、跳ね飛ばされちゃうわ」
 そう言いながら、私自身気が高ぶっているのを感じる。
 ・・・そうでもなければ、こんなこと言えやしない。
「わかった。ごめんね、キスティ。わたし・・・」
 うなずきながらも、何か言葉をさがしているのが見える。軽く唇を噛んだ後、リノアは顔を上げて言った。
「ねえ、・・・ねえ、どうしても戦わなきゃいけない? 他に方法、ないのかな。ほんとにないのかな」
 意を決したように勢い込んで言うリノアに、私は一瞬、答えに窮した。あきれていたと言った方がいいかもしれない。
 私が答えないでいると、リノアは肩の手をふりほどいて部屋を出ようとすらする。
「わたし、サイファーと話してくる! アイツだってほんとは」
「いいかげんにして!」
 再び腕をつかんで引き戻しながら、思わず声を荒げていた。あいかわらず、状況というものがわかってない。
「まだわからないの!? そんな甘いものじゃないってことが! 行って、そしてどうなると思うの。あなたが捕まって、またスコールが助けに行くの!? 今度ばかりは、あなた一人のために戦況をひっかきまわされるわけにはいかないのよ。スコールだって・・・!」
 そこまで言って、はっとして口を閉じた。
 私は何を言おうとした? スコールだって、そういつもいつもあなたを助けに行くってわけじゃないのよ・・・そう、思って・・・。
 違う。それは私の願望だ。
 次だってきっと彼はリノアを助けに行くはずだ。たとえ本人が気づいていなくても、スコールはこの娘に惹かれている。それくらい私にもわかる・・・。
 口ごもってしまった私に気づかず、リノアは叱られた子供のように涙を受かべると、泣き顔を見せたくないのか、くるりと背を向けた。
「そう、だよね」
 うつむいて、肩を落とした、無防備な背中。
(どうして)
 細い首筋・・・もしも今、武器を振り下ろしたら、簡単に砕けてしまいそうだ。
(どうしてそんなに無防備になれるの? 今ので、私があなたをよく思ってないって事わかったはずなのに。もし、私が衝動に駆られたら)
 羽根の描かれた背中を見ながら、そんなことまで考えてしまう。
 そう、・・・無防備なんだわ。
 ガーデンに来て、生徒達の中に混じっているといっそう空気の色の違うのが際だって見える。
 たとえば、セルフィは、いつもどんなに脳天気に振る舞っていても、けして本物のスキはつくらない。こんな風に背中を見せているときだって、戦意を持ってとびかかれば振り向いて防げるくらいの距離を、無意識のうちに測っている。
 それがガーデン育ちの身に付いた本能。SeeDの絶対条件だ。
 でも、この娘は・・・。
「ごめんね、キスティ」
 こちらに向きなおると、少しかすれた声で、あっけないくらい素直に謝ってみせる。
「わたし、ほんとはわかってる。キスティスやみんなが、戦いたくて戦ってるわけじゃないってこと。わかってるのに、どうしても考えちゃうんだ。こんどこそ誰か傷つくかもしれない、誰かが帰ってこないかもしれないって。・・・あのとき」
 何かを思いだしたようにリノアの眉が歪んだ。
「デリングシティで怪物に襲われたとき、初めて思った、あ、わたしここで死ぬんだって。レジスタンス活動を続けてれば、いつかこういう目に遭うって事、それまで、本当にはわかってなかったと思う。わかってると思ってたけど・・・ほんとはどこかで、自分や周りの人には、そういうことは降りかからないって思ってたのね」
 そうでしょうね。サイファーが処刑されたと聞いたときだって、ほんとはあなた、分かっていなかった。自分のやっていることが犠牲を伴うってこと、だから私は・・・
「でも、そんなはずないんだって。はじめて、スコールやキスティス達の置かれてる世界がわかってきたの。そしたら急に怖くなった。これから先、いつもいつもずっとこんな事続けてたら、いつか・・・いつか、」
「もういいわ。私行かなきゃ。ここにいて、リノア。いいわね」
 逃げるようにドアを開けて、私は部屋から飛び出していた。後ろ手に扉を閉め、リノアの声が追ってこないように、足早に歩き出す。
 正しい。リノアの言うことも、きっと正しいのだ。
 それがSeeDの宿命だと言いながら、私達はあきらめてしまっている。他の方法を探ることもせずに、いちばん楽で慣れた道を選んでしまっている。
 いつのまにかそれが普通のことだと、考えてしまっている。
 そうでない考えの者を無意識に閉め出そうとさえして。

 廊下を行きながら、私はだんだんにうつむいてくるのを止められなかった。
 Gガーデンで、偉そうにリノアに説教をたれた。
 リノアの為なんかじゃない。自分のプライドのためだ。
(イヤな女・・・)
 いつもこうだ。後になってから、激しい自己嫌悪に襲われる。
 生徒達に、クールなエリート教官と思われてるのは知っている。でも実体は、こんな弱い人間なのだ。それを認めたくなくて頑張ってきた。優秀、エリート、大人で冷静なキスティス・トゥリープ。そういわれていれば、自分でも信じられる気がして。
 だけど、その仮面がどんなに脆いか、こんなふうに気づかされる・・・。
「キスティス!」
 後ろから追ってくる声が私を現実に引き戻した。
「キスティ、待って」
 リノア。全力で駆けてきて、息を切らしながら紅潮した顔を向ける。
「わたしも行くから。ほら」
 そう言って装備したブラスターエッジを見せる。
 私はあっけにとられて、さっきまで涙を浮かべていたはずの顔を見返した。
「まって、・・・待ってリノア。言い過ぎたことは悪かったわ」
 私は混乱していた。予想もつかない行動をする相手に出会うと、いつも混乱するのだ。
「無理することないのよ。あなたがこういうことに向いてないって事ぐらい、みんなにもわかって・・・」
「行きたいの!」
 リノアは私の目をまっすぐ見返していた。
「お願い、わたしにも戦わせて。トクベツ扱い、しないで。大丈夫だから。わたし、戦えるから。戦い方だって知ってるし、それに・・・」
 私は彼女の目を覗き込んだ。目尻にかすかに赤い跡が残っているが、それ以外に涙の痕跡はない。私が出ていった後、あそこで泣いているものとばかり思っていた。それが・・・。
「そうしなきゃスコールに認めてもらえない。わたしのこと、きっとまともに見ても貰えないもの。そう思ったら、じっとしてられなかったの。それにもう、大事な人がわたしの知らないところで死んじゃうの、嫌だもの」
 何のことを言ってるの・・・?
 そうか、リノアの母親は。
 そのことに思い当たって、私は彼女のことを苦労知らずだと思った自分を恥じた。
「だからわたし、強くなる。大事な人のために、戦う」
 男のために強くなれると、何のためらいもなく言えるリノア。
 ああ。かなわない。
「・・・集合場所は校庭よ。そこからは班長の指示に従って。たぶん、スコールもいると思うわ」
 彼女はぱっと目を輝かせて、「ありがとうキスティス」私に抱きつくと、次の瞬間には校庭へ向かって矢のように駆けだしていた。
 羽根の描かれた背中。目には水色の残像が残る。

 ・・・もしも、孤児でなかったら。
 里親とうまくいっていたら。両親に愛されて、何不自由なく育っていたら。
 彼女のようになれただろうか。
(違うわね)
 私は首を振ってつまらない考えを否定した。
 バカね、キスティ。運や育ちをいいわけにしてどうするの?
 どんなふうに育ったって、私は私。それを誇れるはず。
「キスティース!」
 上の階からシュウが呼んでいる。
「何してんの!幹部はコックピットに集合!あなたも早く!」
 彼女にいま行くと返し、ウィップをひとふりしてエレベータへの階段をかけ上がった。
(完敗、か)
 敗北感はなく、何故かひどくすがすがしい気分を感じながら。

〔End〕     

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   タイプの違う女二人の葛藤って好きさ。

   リノア補完計画・・・のはずが、キスティスが主役に(^^;
   しかし、リノア動かすのって難しいな〜。彼女だけは、言動パターンが読めない。
   何かが、違うような気がするんだあ〜!!ううぬ、わが妄想力の敗北。ちっとも清々しくない。

 

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