まだ小さかった自分の頭を撫でてくれた手を、サイファーは覚えている。
 いつも柔和そうに微笑んでいて、気が付けば怒った顔を見た記憶はなかった。
「頑張りなさい」
 その言葉が、反抗しながらも嬉しかった。

 

 みんなと過ごしたまませんせいの家での思い出は、もう今となっては曇り硝子の向こうの景色を覗くようなものだ。色だけは見えるのに、輪郭がどんどん曖昧になっていく。
 いっつもエルオーネの後ばかり追いかけていたスコールと、そんなスコールを構いながらいつも微笑んでいた、エルオーネ。元気なセルフィ、ちょっと大人びたふりをしていたキスティス。気が弱くて、何か起きると仲裁役になっていたアーヴァインと、いたずらばかりしていたゼル。
 まませんせいを困らせることばっかりしていたゼルをサイファーはあまり好きになれず、怒らないまませんせいの代わりに罰をあたえてるつもりで苛めていた。
「サイファー」
 その度に困ったように笑う、まませんせい。
 自分はまませんせいを守ったのに、なんで まませんせいはそんな顔をするんだろう?
 サイファーにはよく判らなかった。
 でも、まませんせいは好きだった。

 魔女。
 そのことばをサイファーが初めて聞いたのはいつだっただろうか。
 自分たちが此処にいる理由を聞いたときかも知れない。
 戦争を引き起こし、自分たちが孤児になったのはそいつのせいだ。
 でもまませんせいは、魔女だ。
 世界には知らないことが多すぎて、この狭い半島から海を睨むことしかそのときのサイファーには出来なかった。
「どうしました?」
 背後から風に乗って声がかかる。
「せんせい」
 振り返るとシドが立っていた。
「サイファーくんは、何か悩みごとですか?」
 そう云うとサイファーの座っていた横の岩場に腰をかけ、にっこりと微笑む。
「サイファー君くらいの子供は、もっとのびのびしていていいんですよ」
「・・・・・ゼルみたいにか?」
 ゆっくりと首を横に振るシドにサイファーは少し安心する。
「ゼル君はゼル君です。君がゼル君のようになる必要は有りません」
 それより自分の気持ちを大切にしなさい。
 海からゆっくりとした風が吹く。
「せんせいは、魔女は悪いと思うのか?」
 じっと青い瞳を真っ直ぐに見据えて問うサイファーを、シドは笑いながら見つめ返す。
「サイファー君は、悪いと思いますか?」
「・・・俺は、まませんせいが好きだから、わかんないんだ」
 俯いて、小さな声で云うサイファーの頭を優しくて大きな手が撫でる。
「私も、イデアのことが好きなんですよ」
 君は君の考えを信じなさい。
「君は、君でいていいんですよ」
 ふいに涙がサイファーの頬を伝って落ちる。
 戸惑うサイファーをただ黙って微笑みながらシドは撫で続けていてくれた。

 バラム・ガーデンが建設されると、養子に出されることもなくイデアの家に残っていたサイファーとスコール、キスティスは寮に入った。
 SeeDとして学ぶサイファーに「頑張りなさい」と肩を叩くシド。
 後で聞いたら、スコールにもキスティスにもそうだったらしい。
「あら、他の生徒にもそうだったみたいよ?」
 笑って云うキスティスの言葉に、確かにそうだろうなぁと笑ってサイファーは返す。あのオヤジはそんなヤツだな。

「サイファー君、イデアには私が居ますが」
 もしもの時は彼女を守って下さいね。
 ガルバディア、トラビアへのガーデンの建設も決まり、忙しくなった頃にサイファーにシドは云った。
やっと戦闘を学び始めたばかりの小さな自分に、真面目な顔で。
 守りきる、と強く頷いたサイファーの頭を撫でる仕草はずっと昔と変わっていない。
「頑張って下さいね」
 微笑みは穏やかだった。

 その穏やかさが彼の強さだったことに気が付いたのは、随分後だった。
 後になればなるほど気が付かされるコトが多い。
「・・・・・・ありがとう、っていうのはこういうときに使えばいいんだろうな」
 岬に造られた、イデアと共に彼の眠る墓に、他の花に交えて無造作に真白い花束を具える。
 海からの風がゆっくりと、花びらを揺らした。

 

 

■ シドとサイファー、っていうかシドの話か、もしや(笑)
 結構ずっと書きたかったものかもしれないです。
 上手く表現できて無いなぁ、と思いつつ。書いておきたかったので。
 端折ってしまったけど、例の映画(笑)に連れていったのも私の中ではシドになってます。<それも彼1人だけね(どりどりどり〜む)


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