やすらぎ

 

「俺はな、イデアを守れれば、それでいいんだ」
 サイファーはソファにねっころがると、そういった。
「でも、あの魔女は、あんたの言ってた『まま先生』とは違うと思うよ」
 風神は、サイファーにソファを取られてしまったので、ソファの横の床にぺたりと座り込む。
『まま先生』のことはサイファーから聞いていた。
 昔、彼がいた養護施設の母役だったという。
 しかし、サイファーが守っているのは、彼から聞いていた『まま先生』とは全く違う魔女の姿。それは恐れを感じずにはいられない、偉大なるハインの子孫。
「そうか?
でも、彼女は『まま先生』だよ。
俺が石の家にいたころの『まま先生』じゃないかもしれない。でも、やっぱりイデアは『まま先生』なんだよ」
「わかんないよ、サイファー」
 サイファーの言う抽象的なことは、風神にはよく理解できなかった。
 サイファーは、いつもそうだ。サイファーだけが分かっていて、風神と雷神には分からない。でも、サイファーはいつも正しいから、分からなくてもそれでよかった。ただついていけばそれでよかった。
 それなのに、なぜだろう?今日は無性に、彼の意図が知りたかった。だから聞き返した。
 サイファーは、ニヤリと笑う。
「いつの頃だったかなぁ。スコールが性懲りもなく、家に帰るって言い出した頃かな。
イデアは何かにおびえ始めた。そして、姿を消した。エルオーネお姉ちゃんも、どこかへ消えて、シドもいなくなった。
俺たちは散り散りになり、バラムで再会した。
だが驚くなかれ、やつらは何もかも忘れていやがったのさ。シドのことも、エルオーネお姉ちゃんのことも、まま先生のことも」
「聞いたよ。
ガーディアン・フォースのせいだろ?あれの危険性のことは、いろんな所で聞くからね」
「別に、ガーディアン・フォース付けたって、心が強ければ記憶を忘れたりなんかしない。自分の心にガーディアン・フォースが巣くったって、俺が忘れまいと思えば忘れないのさ」
「無茶いわないでよ。そんな芸当できるの、あんたぐらいなもんだよ」
 自分だって、きっとガーディアン・フォースを使ったら、忘れてしまったことすら、忘れてしまう。
「そうだ。俺は強い。だから、俺だけが忘れないのさ。イデアが『まま先生』だってことをな。
イデアは不安がっていた。そして、俺は約束した。イデアを守るって。『魔女の騎士』になるって。
そして俺はそれを忘れなかった。
それで十分だろ?」
「十分じゃないよ。だってあれはあんたの『まま先生』じゃない」
「お前は、何を見て『まま先生』じゃないって言うんだ?
心か?
あれは『まま先生』さ。少なくとも、『まま先生』の姿だ。
 『まま先生』じゃないかもしれない。でも、『まま先生』でもある。
イデアがイデアである限り、あの魔女は俺の約束した相手なのさ」
 その決意を、なんでもないことのように語り、そしてサイファーは一つ欠伸をした。
「他の奴等は、イデアを倒そうとするだろう。全てを忘れ去って、イデアを敵と見なし襲ってくるだろう。だから俺はイデアの騎士でいる。
 ……イデアを一人にしたくない。一人は辛いから」
風神は頭をソファにもたれかけた。
こつん、とサイファーの頭にぶつかる。
「リノアも敵になったね。あいつあんたのこと好きだったのに」
「昔のことだろ?
女なんてのは、そんなもんさ。
惚れた男のためだったら、昔の男も、親でさえも裏切れる」
 サイファーはもう一つ欠伸をした。そんなことは、どうでもいいことだというように。
 事実、彼に取ってはどうでもいいことだった。昔のことだ。数多の女の内の一人。シドに紹介したのは気紛れ。彼女を助けに行ったのも気紛れ。
 いや、助けに行ったのは気紛れではなかったかもしれない。あの時、気紛れという言葉では説明しようのない思いが、サイファーの胸を占めていた。
 それは焦燥感。焦り。
 彼女を助けにティンバーまで乗り込んだのは、このまま大人にはなりたくないという焦燥感から。まだしていないことが沢山あるのに、大人にならなければならなかった焦りから。
「あたしのことも、そう思ってる?」
 沢山いる女の内の一人だと思ってる?
 風神は、不安そうに聞いた。
「お前は仲間だろ?」
 サイファーは、腕を伸ばして風神の髪をくしゃりと乱した。
「うん」
 嬉しそうな声の風神の顔は、サイファーからは見えなかった。
「俺はもう寝る。眠い」
「じゃぁ、もう行くね。邪魔してごめん」
 立ち上がった風神の腕を、サイファーは掴んだ。
「ここにいろよ。一人で寝るのは嫌いだ。
……一人は嫌いだ」
「いつもそうやって女を口説いてるの?」
「人間てのは、そんなもんだろ?
俺一人だったら……本当に俺一人だったら、きっと俺は何もできない。
一人……独りってのは辛いんだ」
「そうだね。
大丈夫。心配しなくても、あたしと雷神はいつでも、あんたの側にいるよ。
どこにもいかない」
 風神は、サイファーの前髪を乱した。それだけで、大人の顔だちだったサイファーは幼く見えてしまう。
「当たり前だろ」
 さも当然のごとくそのセリフを吐きながら、それでも少し安堵した表情で。
サイファーがまぶたを閉じると、すぐさま安らかな寝息が聞こえ始めた。余程眠かったのだろう。
 無理もない。ここの所、デリングシティの大統領が行っていた仕事を、ずっとしていたのだ。
 イデアが大統領を殺してしまったから、雑務が全てサイファーに降りかかってきていた。もちろん自分たちもサポートしているけれども、まだ慣れない仕事は辛い。
「お休み、サイファー。あたし達は、ずっとあんたの側にいるから」
 だから、後ろを見ないで進めばいい。
 それがサイファーなのだから。そんな彼に自分たちは魅せられているのだから。
「……お休み」
 安らかな寝息が、心地よかった。

 *********************************************************************

 

小説目次  SeeDSeekeR  らいぶらりぃ陣内(home)