竹島の紹介

 竹島は、その名の通り島全体がリュウキュウチク(大名竹)でおおわれ、起伏の
少ない平坦な島で、三島村の中で九州本土にもっとも近く、佐多岬南西28
Kmに位置する。縄文後期の遺跡が発見されており、『日本書紀』には白雉
4年(653)に竹島で難破した遣唐使船のことが記されている。丘陵性の島
で河川はなく、樹木が少ないため竹島の名がある。この竹を利用した三島
独特の黒牛の周年放牧経営と大名竹の水煮加工を産業とする。

【位置 】 N30゜48’32゛ N130゜25’19゛【周囲】 9.7Km【面積】 4.12Ku 
【人口】 112人【世帯数】 55世帯               H7.3.31現在

竹島の史跡・観光案内

作多浦放牧場
ゆるやかで広々としたこの牧場に島の人口とほぼ同数の約100頭の牛が放し飼いの状態でかわれています。

ガジュマルの門
集落内の道路を横切り、まるで門のようなガジュマルの大木。その神がかった姿は島の特徴でもあります。

聖大明神社
竹や樹木が高く覆った境内は、夏でも涼しく、社殿内部には神体鏡5面、釈迦観音、阿弥陀など仏像数体が祀られています。

オンボ゙岬展望台            
ンボ岬からの硫黄島

籠  港
入江を取り囲む切り立った男性的な崖。海がシケたときに漁船の避難港に利用される天然の入江の港。

タケノコ取りの季節は5月下旬から6月が
最盛期
      
工場に集められた大名
  

祭り

馬方踊り
 古来疱瘡で死ぬものが多かったが、寛政5年は特にひどかったため疱瘡の神を和らげ疱瘡を流行させないために、この翌年から馬方踊りをしたといわれています。踊りの日は一月の二十一日二十二日の両日で聖神社境内に御伊勢様を勤請しその前で踊ります。踊り手は婦人で、チョンマゲ、手ぬぐいをかぶり、浴衣姿で背に脇差しを差し二人一組になり二人で馬のたずなになぞられた帯を持って踊ります。見物人の整理のためアク玉の木で作った東西棒を持つ旦那が二人即興的な文句をどなりながら踊り場の周囲をまわり、見物人を笑わせます。