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鹿児島から定期船で5時間、三島村3島の中でもっとも大きく、鹿児島から一番遠い島。渓流もある山深く険しい山地がが黒く見えるところから黒島の名がある。三島独特の周年放牧とシイタケ.タケノコの加工を産業とするが、地形的に港湾の整備が困難で漁業は盛んではない。島の東と西に2つの集落があり県道、村道、農道が2つの集落を結ぶ。三島の中では第一次産業の後継者は一番多い。別名「黒尾島」の通称がある。 【位置 】N30°49′29″E129°56′29″ 【周囲】15.2Km 【面積】15.57Ku 【世帯数】114世帯 【人口】217名 H7.3.31現在 |
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大里港背後の丘の上に見える、琉球の作りを思わせる朱と白の建物。久速の昔から、島民たちが生きるためにいろいろな動植物の命を絶って食してきた罪を供養するために建てられたものです。 |
| イバドンの墓 | |
| 平家落人狩りに黒島にやってきた源氏方の勇士宇都家政、別名大庭三郎家政は平家の娘と恋仲になり、死ぬまでこの島で暮らしてしまった。いつしか「大庭どん」が訛ってイバドンの墓と呼ばれるようになった。 |
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今は故人の作家・有吉佐和子は昭和34年に黒島を舞台にした小説「私は忘ない」を発表。その題字を刻んだ碑が有吉さんを偲んで建てられました。 | ![]() |
明治28年の台風で塩手鼻に避難していた漁船群が突然の北からの強風に411名の犠牲者を出しました。この痛ましい事故から90周年に当たって建てられました。 |
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塩手鼻付近の奇石 | |
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