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 人づくり!地域づくり!!の 社団法人 串木野青年会議所です。

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〒896-0013 鹿児島県いちき串木野市栄町16

くしきのかるた

く し き の か る た  た 行


    鯛も釣れるよ 沖ノ島


     串木野中心部より西北西に浮かぶ無人島。 
     野生
化したニホンザルが生息し、灯台が船に航路を
     知らせてくれます。 
     近辺では、イシダイ・クロダイ・チヌ・イサキなど
     多種多様の魚が釣れます。
     通称:猿ヶ島

 


   中国庭園 冠嶽園     


        羽島北部に位置する串木野で一番高い山で、
       標高519.1mにもなります。
       お正月に初日を拝みに行ったりと地元の人に
       親しまれています。
       その名の通り「弁財天」という女性の神様を
       まつってあります。
   


    ついほろり 串木野さのさ


     民謡「串木野さのさ」は、大正の頃に串木野の
     漁師
達が朝鮮沖に出漁し、長崎県五島の
     「さのさ節」を元に唄い伝えられたと言われています。
     そのさのさのもつ調べが、串木野の港町特有の風土に
     合い、独自の哀しさをおびています。

 


   天狗どんはおそろしか ほぜ祭り


        「ほぜ祭り」は、島平に伝わる秋の大祭で、
       旧暦の九月九日に行われます。
       その年の豊作・大漁に感謝し、翌年の豊作・
       大漁の祈願、又子供達の健康を願って、
       天狗さんを先頭にみこしを担いで、
       まちを練り歩きます。
   


    陶工渡来 本壷屋跡

     島津義弘・忠恒(後の家久)父子は文緑・慶長の役
     後の慶長3年(1598)12月、朝鮮の陶工70余名を
     鹿児島に連れてきました。
     その際、ここ串木野にも朝鮮の陶工、43名が上陸し、
     串木野市下名字本壺屋(もとつぼや)周辺で焼物を
     始めました。

  


く し き の か る た  な 行




   ないちょうかいもう 八坂山


        大正13年(1924)に商売繁盛を願い、
       京都八坂神社のご神体を分けてもらい
       祭ったのが八坂神社です。
       大正15年(1926)に市来の人々から
       指導を受け、祇園祭が始まりました。
       「あー、ないちょうかいもう」という
       掛け声と太鼓をたたきながら
       練り歩く祭です。


    二本差しから 左官ゴテ

     明治維新に武士達が職を失い左官業になった
     人達もいました。
     その仕事に誇りを持ち後世に伝えようと
     左官踊りが生まれたと伝えられています。
     現在は土川こども会が伝承されています。

  


   ぬくもり感じる 母の味


        普段お母さんが作ってくれるご飯ですが、
       感謝の気持ちをこめて「いただきます」と
       「ごちそうさま」は忘れずに言いましょう。
        そして、大人になり母の味を
       なつかしく思う時が来るでしょう。


    願いを込めて 太郎太郎まつり

     「太郎太郎まつり」は、羽島ア神社で
     旧暦二月四日に行われます。
     地区をあげて豊作と豊漁を祈る祭りで、
     神前の広場で「五つ祝い」という特色ある祭りが
     行われます。
     農家の五つになった男の子は「田うち」に、
     漁家の男の子は「船持ち」の行事に加わります。

  


   望む海原 東シナ海


        串木野市は、海は東シナ海、陸地は北は川内市、
       東は薩摩郡樋脇町、南は日置郡市来町に隣接し、
       北緯31度42分30秒、東経130度16分27秒に
       位置します。
       東シナ海は、対馬海流が流れ水産資源が
       豊富な海です。
   


く し き の か る た  は 行




    羽島の文豪 万造寺斉

     明治19年7月29日、羽島に生まれました。
     若くして
与謝野寛の門下生となり、石川啄木、
     高村光太郎、北原白秋らと交流を深めました。
     大正6年に東京から京都に移り住み、
     その後昭和32年結核によって70歳の生涯を
     閉じるまで多くの作品を残しました。

  


   光飛び交う 荒川川


        長さ約6Kmで荒川地区を流れる清流。
       周辺の田畑を潤し、ホタルが数多く
       生息しています。
       ホタルが見れる時期には、多くの人が訪れ、
       ほのかな光が人を癒してくれます。
       また、河口では、サーフィンや
       ボディボードが楽しめます。
   


    老不死の 薬草求めて冠嶽山

     西暦紀元前210年頃、中国の秦の始皇帝の使いで
     不老不死の薬草を求めて日本に来たとされています。
     日本各地に徐福伝説は存在しますが、
     徐福が中国に不老不死の薬を持ち帰ったという記録は
     残っていません。

  


   平和を結ぶ姉妹都市 サリナス


        1979年、アメリカ合衆国カリフォルニア州
       のサリナス市と姉妹都市盟約を締結し、
       両市の親睦を深めています。
       これは、戦後に多くの串木野市民がサリナス市
       に移住したことによるものであり、
       今でも交換留学生などの活動が続いています。
       レタスの産地として有名です。
   


    豊作まつる 田の神さあ

     「田の神さあ」は、鹿児島の庶民の信仰で、
      一族の
繁栄や豊作を祈るシンボルとして、
      昔から農民に崇められてきました。
      作られた時期や場所によってさまざまな形があり、
      大切にする意味で顔を白く塗ったりしてあります。

  




      あ ・ か ・ さ 行          ま ・ や ・ ら ・ わ 行

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