私が初めて「いも麹・芋」を思いついたのは、ちょうど1995(平成7年)の暮れでした。当時は郊外の大型店やディスカウントストアーが大々的に進出していたころで、私どものような依存の酒販店はおおいに危機感を強めていました。
そこで私なりに、このような厳しい状況をどうしたら乗り越えられるか勉強していましたところ、ある人から「焼酎には造り手の気持ちがこもっている。焼酎のことを知りたければ、杜氏さんに話を聞きなさい」と言われました。なによりも造り手の想いを深く知った上で、焼酎をあらためて見なおしてみなさいというのです。
それを聞いて、あらためて焼酎について調べたところ、鹿児島の焼酎はさつまいもを原料としているのに、麹には米を使っていることに気づきましたちなみに熊本の米焼酎は米麹を、大分の麦焼酎は麦麹を使っています。
それでいろんな人に聞いてみましたが、要するにイモを麹に使うのは技術的に難しいとのこと。それでも私はあきらめきれずに、あちこちの蔵元を訪ね歩き、杜氏さんに相談しました。
そうしてたまたま国分酒造協業組合の杜氏・安田さんを訪ねた際、「できないことはないかもしれない」とおっしゃいました。戦後まもないころ、米麹の量を極端に減らした、限りなくサツマイモ100%に近い
「ヤマ焼酎」と言うヤミで造られていた焼酎の話を聞いたことがあるというのです。
その言葉に意を強くしたわたしは、なんとかサツマイモ100%の焼酎を造っていただけないかと
国分酒造の笹山代表理事にお願いし続けました。そして年前、初めての仕込にこぎつけることができたのです。