天文学的根拠 −固有運動−


概 論
 コズミックサーフィンでは、恒星の固有運動を、宇宙空間における等速直線運動と仮定 しました。最も単純化された仮定ではありますが、この運動を記述するためには、狭義の 固有運動(赤経方向と赤緯方向の2値)の他、視線速度と距離のデータが必要となります。 これらのデータは全て、Yale Brught Star Catalogue(BSC)のものを採用しています。 ただし、距離については年周視差から換算します。 この方法に寄れば、恒星までの距離の変化も算出されますので、光度の変化も表現されます。
 さて、いきなりここで重要な近似が発生します。BSC データは各種星表の中でも項目,星数 ともに充実しているものですが、それでも視線速度と年周視差については記述の無い恒星も 数多く含まれています。(年周視差においては値が負のものもあります。これは原理的には 有り得ませんので測定誤差によるものと考えられます。)このような恒星については、視線 速度は「+/-0」,年周視差は「 0.0001″」として近似してあります。年周視差を「 0″」 としてしまうと同じ方法では計算が出来なくなるためです。しかし、このように近似しても、 時間の変化に対する計算上の誤差は微量であり無視できます。

推算方法
 恒星の空間的な移動を再現するために、以下の5種類のデータが必要となります。
  a.現在の恒星の位置
          AD2000年分点のデータ。赤経α0と赤緯δ0で示す。
  b.現在の恒星の光度:Visual Magnitude
        視光度。Vで示す。単位は(等)。
  c.固有運動:Proper Motion
        年間の運動量を赤経方向の成分μαと赤緯方向の成分μδで示す。
        なお、μαは極座標の性質から、極に近づくほど計測上の値が拡大
        されてしまうので、cosδを乗じて、実質的な運動量に修正されて
        いる。
  d.年周視差:Parallax
        地球の公転により、1年周期で恒星の視位置が天球上を楕円を描い
        て運動するように見える。この運動を年周視差という。年周視差は
        極めて微量であるが、原理上、近距離にある恒星ほど大きな量とし
        て観測される。
        年周視差をΠ(単位:″)とすると、恒星までの距離d(光年)は、
                d=3.262/Π
        となる。
  e.視線速度:Radial Velocity
        恒星の空間運動の視線方向の成分。Rで示す。単位は(km/s)。
        視線速度Rは分光観測により、恒星の光のドップラー効果を測定し
        て求められる。
以上のデータから固有運動による視位置の変化を推算します。下図において、 1年間の固有運動μα,μδから、1年後の恒星の位置X' は実質的な移動量μ と位置角φで表わせます。μα,μδ,μ,φ の関係を式にすると、
   μα=μ sinφ ・・・・・・・・・・・・・(1)
   μδ=μ cosφ ・・・・・・・・・・・・・(2)
この(1)(2)式から、μ と φ を求めることが出来ます。

天球上の1年間の固有運動

赤経方向の固有運動μαは、赤緯δによらない数値であるので、 球面座標上の赤経の移動量を求めるために、cosδ0で除する。

 つぎに、下図から過去や将来の恒星の位置を推算します。 図は、恒星の空間運動を、固有運動μ、視線速度R、距離d で表したものです。 S点は太陽の位置、恒星の空間上の現在の位置をA、移動後の位置をBとします。 A' は1年後の位置です。また、nは1年間の秒数、l は移動後の角距離です。

恒星の空間運動


 すでに分かっている、μ,d,R から、θ,AA' を算出します。これを直線的に延長して、 任意の時代の恒星の移動位置 B をθ,AB として求め、これから、角移動量 l が算出されます。ここで、移動した後の太陽からの距離 H を算出しておきます。 あとは、天球上の固有運動の方向を φ として求められていますので、 最終的に移動後の赤経,赤緯 が計算されます。

 固有運動が空間運動である以上、恒星の光度の変化が発生します。 この効果は、移動後の光度を V' とすると、
   V'=V+5 log(H/d)
で表されます。


開発裏話
BSC vs Hipparcos

 最近では精密な星表としてHipparcos CatalogueがBSCに代わって採用されるようになって きました。コズミックサーフィンでもHipparcosのデータを採用することを検討しましたが、 実際に調査してみると Hipparcos のデータは膨大すぎて、開発するに持て余すほどでした。 さらに、Hipparcosには、視線速度のデータが無いことが分かり、Hipparcos Input Catalogue(Hipparcos で観測するために,それまでに地上の観測から求められていたもの をまとめたもの)から引用してくる必要もありました。
 あれこれ検討を重ねた結果、「このソフトに要求される精度を考えると、BSC で十分」 と結論したのでした。しかしながら、開発者としては未練のあることも事実。特に、空間 旅行については、Hipparcos のもつ詳細なる年周視差(=距離)のデータはたいへん魅力です。 もし、「次ぎ」があれば、Hipparcos Catalogue の採用は最初に検討することになるでしょう。

パソコンの処理能力

 コズミックサーフィンでは、極めて長大な時間と空間を扱います。 恒星の運動は大変小さいため、通常の天体暦なら、要求される精度に見合った近似式を 織り込んで、計算量を減らすことが普通です。
 しかし、「極めて長大な」となるとそうは行きません。コズミックサーフィンでは、 これらの計算には殆ど近似を用いずに、極めてまじめに計算しています。 また、恒星の数も BSC の全9,110星を対象にしましたので、尋常な計算量ではなく、 これをどうやって快適に扱えるソフトにするかが、プログラマにとって大きな課題でした。 そのための工夫の跡を紹介すると...。

■デフォルトでの表示は5.5等までとし、それより暗い6.5等までの恒星は 「微光星」のオプションスイッチとした。
■「時間旅行」や「空間旅行」のアニメーションは、表示速度をユーザー側で可変とした。
...など。それでも快適な動作のためには、近年のパソコンでないと辛いところで、 (うぬぼれを覚悟で申し上げるなら)コズミックサーフィンの誕生は、 まさに時期を得ていたと痛感しているところです。

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