焼酎あ・れ・こ・れ
芋・いも
芋焼酎かわら版
芋焼酎の話 1 芋焼酎はお湯で割るときに
焼酎が先か?お湯が先か?
 基本的に焼酎を先に入れお湯をゆっくり注ぐと芋焼酎の成分の一つである「テレピン」が割れにくいので甘味を引き立てることができます。(「テレピン」は急激な温度変化で割れると渋味が出ますが、落ち着くと元に戻って甘味を引き立てます。)

 しかし、私たちはまず、お湯から先に入れ、焼酎を後から注ぎます。これには茶道の「お手前の心」と同じ意味があります。

 もてなしの心です。お客様に対して、または目上の方に対して何杯でも美味しく飲んでいただくために、もてなす者が熱すぎないか、ぬるすぎないか、お湯をグラスに注いで確認した上で焼酎を注ぎます。

 このもてなしの心がお湯から先に入れて、次に焼酎を注ぐ順番になっているのです。

 地元の方でしたら経験があられると思いますが、後輩が手っまえ(お手前)をしているとき、話の弾んでいる先輩の焼酎が少し残ったままで冷めてしまっているのを確認すると、後輩はためらいもなくその残りを自分のグラスに注ぎ、新しくお湯割りを作り先輩へどうぞと差し出します。もしくは大事なお客様へ

 ともあれ、芋焼酎は趣向品ですのであまり形式にとらわれずに芋焼酎の風味を楽しんでいただきたいと思います。

   でも、もてなしの気持ちは忘れずに!

芋焼酎の話 2 鹿児島県ではいつ頃から
芋焼酎を飲んでるの?
 約1500年代までは焼酎は栗・どんぐりなど色々なものを混ぜて造られていたようです。1500年の後半に外国から唐芋(からいも)が伝わり、芋の栽培が盛んになると当然の如く芋焼酎が造られるようになったそうです。

 当時、外国から伝わるものは「唐」を付けて呼ばれたことから「からいも」と呼ばれていました。

 しかし、上流階級の人たちは米焼酎を好み、芋焼酎は庶民の飲み物として扱われたようで、それは近年まで続いていたとのこと。「貧しい人々は相変わらず、雑穀焼酎(栗・粟・どんぐり)を飲んでいたようです。」

 鹿児島県のほとんどが芋焼酎に代わってきたのは、第二次世界大戦の戦中戦後、米不足で米焼酎が造れない状況になり、仕方なく上流階級の人々も芋焼酎を飲みだしたのがきっかけで、その後、米焼酎を各蔵元が製造したそうですが、売れなくて芋焼酎造りにほとんどが代わってきたと言われております。

 世界的に蒸留酒は穀物(米・麦)などで造られますが、さつまいものような根菜を使用するのは比較的珍しいのです。とは言え、一次の仕込みは米を使用し、二次にさつまいもを使用しております。
(最近は一次も芋で仕込む芋焼酎もあります。)

 
この珍しい蒸留酒「芋焼酎」の風味を楽しんで下さい。